みなし贈与について
令和2年9月に鹿児島市で開業いたしました、税理士の橋本和典です。これから、毎週金曜日にこのブログで皆様のお役に立てるような情報や面白い事を書いていこうと思います。よろしくお願いします。
今回は、みなし贈与について紹介します。
親族間で土地を売買するときに頭を悩ませるのが売買価格をいくらにすればよいのか?ということではないしょうか。
そこで、出来るだけ売買価格を下げて譲渡所得税を押さえつつ、下の世代へ財産を移転させたいというケースがやはり多いのではないかと思われます。
しかし、その際に立ちふさがるのがみなし贈与の規定(相続税法7条)です。
(相続税法7条 一部省略)
「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては当該財産の譲渡があった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす。」
要約すると・・・・
例えば親が子に時価1億円の土地を8,000万円で売却した場合、8,000万円が著しく低い価額の対価だとされた場合、差額の2,000万円は親から子への贈与とみなしますよということです。
ここで問題となるのが時価の何%なら著しく低いとみなされないのかということになります。著しく低いとみなされなければ相続税法7条の規定によりみなし贈与として課税されないからです。
これについて、著しく低い価額についての明文の規定はなく、非常に悩ましい問題ですが、一つの事例として、相続税評価額での土地の売買が「著しく低い価額の対価」に該当しないとして認められた判決が有名です。
東京地裁平成19年8月23日判決 「納税者勝訴」
本事例は、親族間で、財産評価基本通達の定めに基づき算定した売買価格(ここではざっくり時価の80%と考えてください)で土地を売買したことが、相続税法7条の「著しく低い価額の対価」に該当するとして決定処分を受けたため、その処分の適否を争ったものです。
事例の細かい概要については割愛いたします。非常に興味深くそして重要なポイントだけをピックアップしてお伝えしたいと思います。
①相続税評価額での譲渡は、経済的利益の移転となるか?
a課税庁の主張
相続税評価額は地価公示価格と同水準の価格の80%であることから地価が下落している場合を除いて、その開差に着目し、実質的に贈与税の負担を免れつつ贈与を行った場合と同様の経済的利益の移転が生じている。
b裁判所の判断
時価の80%の対価で土地を譲渡するとして、移転できる経済的利益は20%にとどまる。贈与税の負担を免れつつ贈与を行った場合と同様の経済的利益の移転が可能とまでいえるかははなはだ疑問。
そもそも課税庁の主張は、相続税法7条が「著しく低い価額」に至らない程度の「低い価額」の対価での譲渡を許容していることを考慮してないものである。
②「実質的に贈与を受けたと認められる金額」の有無による判断
a課税庁の主張
「著しく低い価額」の対価に当たるか否かは、単に時価との比率ではなく、「実質的に贈与を受けたと認められる金額」の有無によって判断すべき。
b裁判所の判断
相続税法7条は当事者の実質的な贈与の意思を要件としておらず、実質的に贈与を受けたか否かという基準が妥当とは解されない。仮に課税庁の基準によれば時価よりも低い価額での譲渡がすべて贈与を受けたということにもなりかねず、単なる低い価額を除外し著しく低い価額のみを対象としている同条の趣旨に反する。
③第三者間取引との検証
a課税庁の主張
第三者間取引では成立し得ないような対価で売買が行われ、当事者の一方が他方の負担のもとに多額の経済的利益を享受したか否かにより判断すべき。
b裁判所の判断
親族間とそれ以外の譲渡を区別し、親族間の譲渡はたとえ「著しく低い価額」の対価でなくても課税するというのであれば、相続税法7条の文理に反する。また、時価の80%程度の対価であれば、第三者間取引で売買が成立し得ない様な対価であるとは断言できない。
④「個々の取引の意図、目的その合理性」を考慮するか?
a課税庁の主張
「個々の取引の意図、目的その合理性」が相続税法7条の「著しく低い価額」に当たるか否かを判断する際の一事情として考慮されるべきものである。
b裁判所の判断
「個々の取引の意図、目的その合理性」を考慮するとなると、結局、当事者に租税回避の意図・目的があったか否かといった点が重要要素になるが相続税法7条は当事者に租税回避の意図・目的があったか否かを問わずに適用されるものである。
相続税関係個別通達(負担付贈与通達)
通達とは行政機関の内部文書で上級機関(国税庁)が下級機関(国税局など)に対して、法令の解釈を示すものです。
したがって、税務調査の現場などにおいて、課税庁側は通達による課税をしばしば主張することになります。
では下記に同通達を記載します。(一部省略)
(趣旨)
最近における土地などの不動産の通常の取引価額と相続税評価額との開きに着目しての贈与税の税負担回避行為に対して、税負担の公平を図るため、所要の措置を講じるものである。
記
対価を伴う取引による土地の取得が相続税法第7条に規定する「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるかどうかは、個々の取引について取引の事情、取引当事者間の関係等を総合勘案し、実質的に贈与を受けたと認められる金額があるかどうかにより判定するのであるから留意する。
(注)その取引における対価の額が当該取引に係る土地の取得価額を下回る場合には、当該土地の価額が下落したことなど合理的な理由があると認められるときを除き、「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」又は「著しく低い価額の対価で利益を受けた場合」に当たるものとする。
注意書きにより、取得価額を下回る金額での譲渡はその土地の価額が下落したという合理的な理由がない限り、相続税法7条の著しく低い価額として、贈与とみなすとなってます。
これに対し、裁判所は同通達についてその判定基準が相続税法7条の趣旨にそったものとは言い難いとし、基準としても不明確であり、「著しく低い」という語からかけ離れた解釈を許すものとなっており,その意味で妥当なものということはできないと述べ、個々の事案に対してこの基準を硬直的に適用するならば、結果として違法な課税処分をもたらすことは十分考えられるのであり、本件はまさにそのような事例であるとして,処分行政庁の主張を排斥しました。
結論
東京地裁判決においては、相続税法7条の「著しく低い価額」の適用についてが争点となってます。
課税庁側の主張する租税回避の動機の存在や通達による課税といったもの対し、裁判所は一貫して法令の文理解釈による判断を行っております。
文理解釈
条文に書いてある文言・文章を忠実に理解しなければならないということ。ようは、課税は法律の正しい理解と解釈によって行われるべきであり、勝手な拡大解釈などは認めないということです。
憲法84条において「新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」としており、何人も法律の根拠なくして租税を賦課されたり徴収されたりすることがあってはならないという租税法律主義の考え方に基づくものであります。
本判決に関しては、相続税法7条の適用に関して、課税庁の主張が文理に反するとして退けられました。
しかし、相続税法22条に規定する時価とは「課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」と解されており(財産評価基本通達第1章1)、そうであれば相続税評価額による売買価格は「著しく低い価額」ではないとしても、相続税評価をもって土地の売買における「時価」というべき金額であるかどうかに関しては疑問が残るところではあります。
財産評価基本通達における土地の評価は換金確実性・価格の振幅度・換金困難度など、評価につき安全性を考慮されたものとなるので8割評価となっている。
また、上記に記載した負担付贈与通達の取り扱いについても課税庁は変更をしておらず、今後も同通達による時価を下回る売買に関してみなし贈与の主張がなされることは十分に予見されるところです。
土地に関しては一物一価と言えないのが現状で、明確な規定が存在しないため、その評価の是非をめぐって課税庁と納税者においてしばしば争われております。したがって、売買価格を決定する際は、評価の根拠となる客観的な事実をしっかり積み上げて過去の判決等の事例も斟酌したうえで慎重に行う必要があるでしょう。